皆さん、こんにちは。

店長の福山です。
〜初デビューの工事担当での経験〜
2つの工事現場を担当することになりましたが、施工業者が必要人員の半数しかいないため
約半年の間、殆ど毎日深夜まで作業しS銀行はいつも夜中に作業をするので建設会社の主任からは
相当苦情もありましたが、それ以上に大変だったのは、日本でも有名なN設計事務所は大変厳しいのと当支店がそれより2〜3年前に不手際で指名停止を受けていたそうで、打合せ、中間検査の度にそのことばかりで叱られ、嫌味を言われ、身の置き所も無いほどでした。
それでも工事の方法など初めてなのでしつこく聞きついて行きました。こうしなさいでは無く、あれはいけない、これはいけないばかりで、途方に暮れる毎日でした。・・・こうして竣工検査を受けることになりました。
O市と同じ日に竣工検査が行われることになり、O市の検査を1日延期してもらいS銀行の検査に臨みました。
検査は現場の検査の前に完成図書(完成図・納入仕様書・絶縁測定・照度測定・社内検査記録・工事写真)など沢山有ります。
私は当時の上司から検査時には書類を全て揃えろ!!と指導を受けていたので
1週間以上下宿には帰らず、営業所で数時間仮眠する程度で2つの現場の書類を兎に角揃えて
検査を受けました。
・・・書類を一通り見られてから、怖い検査官から、あんたの会社で竣工検査の時に書類を全部揃えてきたのはあんたが始めてだと少しにこっとされたのです。
これがきっかけでその後の長崎でのN設計事務所の仕事は特命でそして担当は『福山』と条件付で
仕事をもらうことになりました。前に述べた自動車事故『昭和42年10月2日』はこの頃です。
自動車事故から2年以上は運転免許は警察署に預けたままで取りにいかなかったのです。
それでN設計事務所の怖い監督さんの車に乗せて貰い県内の現場を廻ったものです。
佐世保のM建設の次長は仕事が決まったらまた頼むよと電話がかかってきたものです。
そしてたまに現場で会うと、良く食事に連れて行ってもらいました。
たった決められた日までに書類を揃えると言う行為が思わぬ信頼を受けるようになったのですが
その後2〜3年は銀行の仕事に没頭しました。・・・青春の思い出です。
〜ねばり T町のS銀行での苦い思い出〜
それは銀行1Fの営業室のフロアーコンセント約60個程度の位置が1mすべてずれていたのが床仕上げの最終段階で発覚したのです。
現場から連絡が有り、K建設のY主任に床のはつり工事の尾許可お願いに向かったのですが当然
Y主任は顔も見てくれませんし、横向いてプイです。
夕方になり工事事務所から出て行かれたのです。
その様子からして帰宅とは違うと読んだので兎に角事務所で待つことにしました。3時間ほどして戻ってこられました。
そうすると、未だ居ったのか?と口を利いてくれ、何となく雑談になりしばらくして『全力を挙げて早く手直しをやれ』と許可を呉れました。
・・・それから1週間程度手直し工事に時間を要しました。・・・作業責任者は責任を感じてノイローゼ気味になり休んだりしましたが、この現場を最後に退職するようになりました。
それでも長崎のJ銀行本店の工事を担当していましたが
その銀行の電気技術者として当社の推薦で転職するようになりその先輩は定年まで立派に勤められました。
次回に続きます。
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